東京大学大学院農学生命科学研究科動物医療センター産業動物臨床学研究室
Laboratory of Farm Animal Medicine Veterinary Medical Center
Graduate School of Agriculture and Life Science The University of Tokyo

研究内容 Research

難診断疾患の病態解析

 産業動物の医療現場では対象動物の大きさと経済的な理由から、高度医療機器が利用されることは稀です。臨床獣医師は身体検査所見を中心に病状を判断して治療にあたっているのが現状であり、本当はどんな病気だったのかが結局分からずじまいということも少なくありません。そこで本研究室では、産業動物の難診断疾患として、現場で診断が難しい症例の病態解析を行っています。臨床所見と確定診断がリンクしてない今の状況を何とかしたいと考え、体系的な診断方法の構築を試みています。現場の獣医師から解析依頼を受けた症例については、臨床データを幅広く収集解析するとともに、獣医病理学研究室と共同で病理学的検索により確定診断を付け、そのデータを現場にフィードバックしています。また、牛伝染性リンパ腫については、感染が我が国に広く蔓延しており発症時の被害が大きいこと、また診断が難しいことがあるため本研究室の中心的な研究課題としています。

近隣農家さんへ往診にいきます

血液疾患 Hematology

(1)牛伝染性リンパ腫の発症機序解明と生前診断法の開発
 牛伝染性リンパ腫はbovine leukemia virus (BLV)が原因で生じる牛の難治性疾患です。日本では牛のBLV感染率が高く、発症数が年々増加しています。しかし、発症機序には不明なことが多く、その対策も著効をあげていません。また、非典型的タイプでは生前診断ができないこともあり難診断疾患のひとつとなっています。本研究室ではBLVからリンパ腫/白血病の発症に至る機序の一端を解明することで予防法開発を目指すととともに、本症を生前に確定診断する方法を研究しています。最近ではクローナリティ異常に着目した研究を展開しています。

牛伝染性リンパ腫ウイルスによる発がんメカニズム仮説

(2)稀少血液疾患の症例解析
 産業動物でも人や伴侶動物と同様に種々の血液疾患が存在しますが、現場では丁寧な臨床検査が行われることは稀であり、病態が解明され、確定診断に至ることは極めてまれです。本研究室では正しいアプローチにより産業動物の稀少な血液疾患を正確に診断することを目指しています。

リンパ腫の針生検標本

循環器疾患 Cardiology

 大型産業動物の臨床では臨床徴候と身体検査所見(聴診)だけで循環器疾患を診断し、治療や予後判定を行わざるを得ない場面が多々あります。現場で診断が困難であった症例について、心音心電図解析、心臓超音波検査等を行ったうえで病理学的に確定診断を行うことで、症例のデータを蓄積し、生前診断の精度を上げるための方法を確立しようとしています。産業動物臨床で重要性を増している遠隔診療用の心音クラウド解析システムの開発を目指しています。心奇形の形成に関与する遺伝子を検索することも課題です。

単心室症例の心臓超音波検査像

神経疾患 Neurology

 神経疾患の診断において、医学・伴侶動物領域ではCTやMRIが威力を発揮していますが、産業動物臨床では動物の大きさと経済的な理由からその使用は困難です。そこで、産業動物獣医療における神経学的検査の体系化を図るとともに、血液・髄液などに含まれる神経疾患診断マーカーの検索を行っています。

小脳皮質変性症症例

遺伝性疾患 Hereditary diseases

  コレステロール代謝異常症(cholesterol deficiency: CD)は、ホルスタイン種の常染色体劣性遺伝疾患とされており、ホモ接合体は成長不良と慢性下痢を発現して生後6ヵ月以内に死亡します。しかし最近、ヘテロ保因牛でもCD様症状発現例、低コレステロール血症例が報告されており、その遺伝様式に疑問が呈されています。わが国では2017年からキャリア種雄牛の精液供給が停止されたためホモ個体の発生はありませんが、CD保因雌牛は存在し続けますので、CDヘテロ雌牛の生産性を明らかにするとともに、CDの遺伝様式を見直すことが課題となっています。その他、先天性疾患の予防を目的に心室中隔欠損、重複脊髄症、結腸閉鎖などの発生に関与する遺伝子を探索しています。

持続可能なめん羊の寄生虫疾患制御法の研究
Study of sustainable controls for parasites of sheep

 日本のめん羊飼養頭数はわずか3万頭ですが、現在北海道を中心に生産拡大が目指されています。 めん羊の消化管内線虫症は生産性阻害の最大要因であるものの、その衛生対策は体系的に確立されておらず、生産農家は対策に苦慮しています。新規薬剤開発が望めない現状の中、めん羊先進国では抵抗性線虫出現抑制を基本とする‘持続可能な寄生虫対策’が実施されています。 しかし、我が国では定期的全頭駆虫が定着していること等から、海外の手法をそのまま導入することができません。我が国の実情に合った‘持続可能な日本型めん羊寄生虫症対策モデル’を開発し、その普及を図ることが課題となっています。

めん羊牧場で寄生虫対策を行っています

マダニとマダニ媒介性疾患の研究
Ticks and tick-borne diseases of animals

 動物のマダニとマダニ媒介性感染症については、ライフワークとして取り組んでいます。とくにAnaplasma phagocytophilumは比較的新しい病原体であり、欧米では馬・牛の他、人・犬にも感染します。日本にも病原体があることは分かっていましたが、発症動物は2014年に茨城県つくば市で犬のアナプラズマ症が見つかったのが最初です。そこで犬のアナプラズマ症を中心に疫学的研究を進めていますが、牛や馬などにもどのような影響を与えているのか、気になるところです。

牛好中球にみられるAnaplasma phagocytophilumの桑実胚

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